「さが維新まつり」で行われる様々な催しの様子をお伝えします!
2021/10/13インフォ
「第4回さが維新まつり」の行列を紹介します
今年の維新まつりの主役は、2021年に百回忌を迎えた大隈重信。
まつりの一番の見どころである、さが維新行列では4つの時代の大隈重信が登場します。
誰がどんな役に扮するかは、当日のお楽しみ!ぜひ会場でお確かめください。
隊列1「大隈を育んだ佐賀」
- 子ども時代の大隈重信
大隈重信は1838年3月11日、佐賀城下会所小路、現在の佐賀市水ケ江に生まれ、佐賀の藩校「蒙養舎(もうようしゃ)」で学びました。 - 母・三井子(みいこ)
三井子の教えは、大隈重信の人格形成に大きな影響を与えました - 蒙養舎の子どもたち
大隈重信と共に学んだ子どもたちです。
隊列2「明治日本をつくった佐賀人たち」
- 大隈重信
明治政府での大隈は、大蔵卿、外務大臣などを歴任。また、明治31年には総理大臣も務めました。 - 島義勇
蝦夷地(今の北海道)の開拓使判官として札幌の都市建設に取り組んだり、秋田県権令(ごんれい)=今の県知事を務めたりして活躍しました。 - 佐野常民
ウィーン万博の事務副総裁を務め、日本の優れた美術、工芸品を世界に紹介しました。また、博愛社、のちの日本赤十字社の設立に尽力しました。 - 副島種臣
外務卿として、ペルー船マリア・ルス号で奴隷的扱いを受けていた人々を開放し、国際的にも広く知られるようになりました。 - 大木喬任
初代文部卿となり、誰でも学校に通えるような教育体制の整備に尽力し、今日に続く学校制度の基礎を築きました。 - 江藤新平
初代司法卿に就任し、四民平等を説き、誰でも公平な裁判ができるように法制度を確立しました。
大隈重信 |
島 義勇 |
佐野常民 |
副島種臣 |
大木喬任 |
江藤新平 |
(佐賀城本丸歴史館蔵)
隊列3「学の独立ー早稲田大学創設?」
- 大隈重信
1882年10月21日、外国の学問からの独立、政治権力からの独立を理念に掲げ、東京専門学校(今の早稲田大学)を開校しました。 - 福澤諭吉
早慶戦ではライバル同士とされる早稲田大学と慶應大学ですが、実は、大隈と福澤は親しい間柄で、優秀な門下生を大隈の元に官僚として推薦したり、福澤の葬儀には大隈が温室で育てた花を手向けるなど、交流がありました。 - 天野為之
唐津の英学校「耐恒寮(たいこうりょう)」で学び、東京専門学校(今の早稲田大学)の講師や、第二代学長を務めました。 - 学生たち
大隈重信の原点の地・佐賀で学ぶ若者たちです。
隊列4「悲願の鉄道開通」
- 大隈重信
鉄道事業の主導者として、用地や資金、技術者の確保など、幾多の困難をダイナミックな決断力、発想力で乗り越え、日本初の鉄道開通を成し遂げました。 - 大木喬任は当時の文部卿、副島種臣は外務卿として、大隈と同じ車両に乗車していました。
また、5号車には江藤新平、6号車には佐野常民が乗車しており、いかに当時の明治政府で佐賀藩出身者が活躍していたかが分かります。ちなみに、6号車には、大河ドラマでおなじみの渋沢栄一も乗車していました。 - 西郷隆盛
鉄道より軍備を重視した西郷隆盛は、鉄道事業に反対していましたが、鉄道開業式では、大隈重信の隣に乗車していました。 - 板垣退助・後藤象二郎・嵯峨実愛(さが さねなる)は、当時の政府首脳として、大隈と同じ4号車に乗っていました。
- イタリア全権公使、アメリカ全権公使、オーストリア弁理公使、スペイン代理公使、フランス代理公使は、鉄道開業を成し遂げた新しい日本の姿を世界に示すため、開業式に招かれ、大隈と同じ車両に乗っていました。
「東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図」(佐賀城本丸歴史館蔵)
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